転性の日常と学園生活 第一話 転性者の日常
- 結城リノンが書きました。
- 2019年1月7日
- 読了時間: 17分
かれこれ颯妃学園の寮に入寮してから、数日が過ぎていた。その間にも転性は起こり、入寮当日は男性。その2日後に転性が起きて女性になっていた。いつも変わるときは突然で、寝ている間に転性が起こる。
そのため、前日まで男性として生活していても、寝て起きると女性の体になっているという、おかしな日常がここ最近続いていた。
「あ。今日は女性か。」
「やっぱり、胸の扱いには困る……」
前日まで男性として生活していた葵にとって、寝て起きると女性にいきなり変わっているため、困惑している。それも、この数年は特に困惑度合いが強くなってきている。
それは、思春期に入るのと同時に成長期になるために、身体の変化が激しくなってきていた。それは転性する葵も同様で、成長期と転性が重なることで男女の変化の振り幅が大きくなる。
「もう、育つのは良いけどさ……正直……ジャマ」
「それに……つけるの慣れないんだよなぁ。これ」
前日までは胸筋として、男性ならではの胸板となっているが、転性者にとってはそうもいかない。成長期の転性者にとっては、寝ている間に女性化するため、個体差はあるものの思春期で成長期の女性となるため、それまで胸板であったものが、普通の女性のようにふくよかな胸へと変化してしまう。
「これでいっか」
「楽だし……」
転性者の葵にとって、女性へと転性した最初はどうしても億劫になってしまい。定番の運動用の下着を着用することにしている。幸い。女性へと転性してもそこまでふくよかな胸にならない。
「一応。女性化してるんだよね?これ」
「まぁ、感覚でわかるんだけどさ……」
幼少期から、成長期に入った葵にとってはどちらの性別でもそれなりに成長してほしいとは思っていたが、微妙な成長となっていた。身長は数センチ縮小、それに伴い、胸は発育するがたしなみ程度。俗に言う、男の娘ならぬ女性でありながら男性のような胸。つまり、雄んなの子のような容姿になっていた。
「学園の規定だし、ちゃんとリボンは女性の方にしていかないと……」
「万が一。男子としても……」
「いや、さすがに……それはないか……はぁ~」
葵も大人になったらそれなりに、と思っていたが幼少期こそさほど差が無いのが当たり前であったが、学園に入学し16にもなった葵にとって、少しは女性らしいポイントがあっても良いと思っていたが……
「勝手に成長するもんじゃないの?これじゃ、あんまり変わってない……」
「はぁ~」
ある種の人には需要がありそうな状態の葵だが、本人からしたらもう少しといった所である。そして、通学のために制服へと着替えるのは普通だが、この颯妃学園の制服は一味違っている。
入寮または入学当初に制服の種類を選べるが、転性者の女性用制服の選択肢があり、女性用ブラウスに男子とは若干デザインが違うものの、パンツスタイルを選ぶことができる。
女性らしい曲線を活かしたパンツスタイルや、スカートも選ぶことができるが葵は、気分に合わせて変えるために葵は両方をもらっていた。
「今日は、パンツで行こうかなぁ~スカートはスースーするし……」
「それに、なんか……落ち着かない」
男女の時の差があまりない葵でも、それなりのスタイルを持っていて、両親の前で制服を試着した時には……
「モデルみたい~」
「どっちでもいけるじゃん」
などと、葵が気にしていることをズバズバという親に、呆れ気味の葵だったが、その容姿のおかげか学園ではそれなりの人気が出てしまっていた。それに合わせて、髪色がよりそれに拍車をかけていた。
「葵ちゃん。かわいい~」
「モデルみたいよね~」
「風に流れる、きれいな髪」
「彼女が葵ちゃんなら、自慢するわ~」
「俺も、同感。」
「…………はぁ~いつものこととはいえ…………」
葵は転性者の中では特殊な方らしく、男性のときは銀色のショートヘアで目立たない感じではあるが、女性に転性すると髪の長さまで変わり肩下くらいまで一晩で伸びてしまう。そのため、寮を出る前のシャンプーは欠かせない。
「……手入れ大変なんだよなぁ~この髪……」
物思いに耽ると、それはそれで絵になるようで……
「絵になるよなぁ~葵ちゃん」
「あの表情の葵ちゃんの写真あったら、5000円だすわ。おれ。」
「……おいおい!そんなに出すのかよ!……」
そんな登校中の賛辞を浴びつつも、教室に到着するといつもの定位置の窓際最後尾。葵にとって、ここが一番落ち着くポジションでもある。一度、席替えで前になったことはあるが、その際にはクラスの男子が惜しげもなく、思考を口にしていた。
……数ヶ月前……
「えぇ。前?」
「しかたないかぁ~。後ろのほうが良いんだけどなぁ~」
当時の葵は、男子の目など気にせずに授業中にそのはきれいな長い銀色の髪を一つにまとめ、ポニーテルの状態にしていた。その姿は葵も気に入っていて、長くなる髪で首元がムレないため、心地よかった。しかし、それが男子にとっては格好の注目の的となってしまっていた。
「なぁなぁ」
「なんだよ?」
「あれ、葵ちゃん。見てみ?エロくね?」
「おぉ。」
「肌の白さもそうだけどさ、銀色の髪の根本から視線を下に動かした時に見える白い肌の首筋とか。」
「確かに、引き締まったモデルのようなスタイルの肩から腰のラインと、うっすら浮かぶブラ紐が……なんとも……」
「そうそう。それになにげにデカくね?胸」
「おぉ。このアングルから見ると、確かに……」
せめて、音読するなよ。と思うほどに葵に丸聞こえの男子のセリフに、さすがの教師も……
「あんたら、辞めんか!」
ボコッ!バコッ!
教師から安定の制裁が落ちるのが日常になってしまっていた。これ以来。葵の席が窓際最後列になったことは、言うまでもなかった。また、転生者であるからなのか、男子の気持ちもわかるため、なんとも言えない気持ちになっていた。
「ここは、落ち着く~」
「男子にエロい目で見られなくて済むもんね~」
「絵音」
同じクラスで転生者の絵音は、葵と同様にモデルのようなスタイルを持っていて、葵以上に人気がある。それは、男子の時も同様で、ブロンドの髪は首元でカールし、本人は天然パーマだからと気にしてはいるが、葵からしたらそれがおしゃれに見えてしかたがなかった。
そのくせ、絵音本人は自分に魅力があるとは少しも思っていないため、その行動そのものが他意なく行動するため、まさに万人受けしているようなものだった。そして何よりも……
「なにか考え事?」
そう。距離感が普通より近いのである。普通に密着するし、それも男女関係なく。そして、本に曰く暑がりらしく、教師の目をかいくぐり器用に着崩すのである。そのため、男子からしたら格好のエロネタ提供の大元となっていた。
「絵音さぁ。着崩すんじゃないよ。目のやり場に困るわ!」
「なに。葵ちゃん。気になるの?んっ、もう~」
「いや、そういうわけじゃなくな、って……」
葵が絵音の身だしなみを注意すると、決まって絵音は葵の後ろから抱きつき、頭の上にその豊満な胸を乗せるのがお決まりとなっていた。
「もう~かわいいなぁ~葵ちゃんは~」
「だから、胸を乗せるんじゃない!重いわ!」
「もう~そんなこと言って~。ツンデレさん♡」
「デレてないわ!」
これが、わたしたちの日常である。
「あ、そうそう。」
「まだなにかあるの?」
「今日あれじゃん。体になれるための……」
「あぁ。トリミング?」
「そう、それ。」
「このあとだっけ?」
「うん。行こう。葵ちゃん」
転生者の学園ともあり、普通の学校ではない半日をかけて行われるレクリエーションがある。トリミングと呼ばれるレクリエーションは、転性後に行われ身体と精神の誤差を埋めるためのレクリエーションとなっている。しかし、それには専用のボディースーツに着替える必要が出てくる。
空気圧式のスーツでスイッチを入れないと肌には密着しないが、着てスイッチを入れたときの密着具合が、ゾワゾワして葵は苦手だった。その点、絵音は全く気にせず、むしろ戦闘用スーツを着たような男子のテンションになる。
「ううぅぅぅぅ。ゾワゾワするぅ~」
「そうかなぁ~?これから、戦闘開始!って感じじゃない?」
「どんな感じだよ、それ。」
全身スーツではあるものの、表面の微細粒子によって見た目が変わることで、あたかも素肌に水着を着ているようなデザインに見た目が変更される。当然、柄も選ぶことができ、その時の気分に応じてビキニからスク水など、いろいろな水着の見た目を選ぶことができる。
「今日は何で行くの~?」
「普通でしょ、そんなの。」
「私はあれかな~ビキニ~」
「学園でビキニって。」
「そうかなぁ~、どうせ素肌じゃないんだし……」
「それはそうだけどさ……ほんと、絵音って頓着しないよね、見た目」
「えっ?別にいいじゃん。経るもんじゃないし……」
「その図太い神経を見習いたいよ……私も……」
そして、このトリミングのレクリエーションは、男子は注目度満点である。いくら素肌に水着ではないものの、ボディーラインに水着シルエットということで、より創造力を膨らますのか、女子がでてくるときはさながらファッションショーかと思うくらいの様相となる。
「葵ちゃんはどんなシルエットかなぁ~」
「いや、葵ちゃんは定番のスク水だろう……いつもそうだし」
「いやいや、絵音ちゃんと一緒だったから……万が一葵ちゃんと絵音ちゃんのビキニツーショットシルエットの可能性も……」
と、クラスの男子生徒は定番の予想を立てているのは、日常で葵も予想の範疇にあった。そして、当の葵も男子のがっかりする姿がなかなか楽しくもあった。男子が予想している姿から外れた場合のがっかりとした表情が、なんとも滑稽で、思い出すとどうしてもクスッと笑ってしまう葵がいた。
「どっちでいくの?葵ちゃん」
「どうせ、男子が賭けでもしてるんでしょ。わざと違うのでいってみようかなぁ~」
「良いんじゃない。男子の反応が楽しみ~」
そんな葵たちの画策を知る由もない男子は、アレヤコレヤと妄想を広げていた。そして、時間に間に合うように屋内プールサイドに出た葵たちは、プールサイドにいた男子から、どっとに歓喜の嵐が沸き起こった。
「ふたりでビキニだぁ~」
「いぇぇぇぇぇ~」
男子共の歓喜に少々驚くものの、頭を抱える葵であったが、そんな声すら気にしない人が隣りにいた。絵音である。ここぞとばかりにドヤ顔で自慢している姿に、歓喜の男子とドヤ顔の親友の二つの意味で呆れる葵だった。
この学園特有のトリミングには、身体測定の観点もあり装着しているスーツが自動的に測定を行い成長具合を記録するようになっている。その測定したデータは一元管理され、両親が申告をすれば我が子の成長を確認することができるようになっている。
また、自分の所有しているブレスレット型の防水デバイスにも転送され、手の甲に表示されるようになっている。そのデバイスは、生徒証も兼ねていて学園内の移動や買い物は、これを所有しているだけで済むようになっている。そんな便利なデバイスも入寮当初に支給されることになっている。
トリミングのレクリエーションは、専用のスーツでプール内に入り歩行や泳ぎをすることで、身体と意識の同期を図る為に行われている。とどのつまり、専用のスーツを着てプール遊びすれば良いということになっている。しかし、今日のレクリエーションは一味違った。
「今日は、緊急時の訓練もおこないますね~」
「訓練?」
「場所は、ここ。屋内プールサイド」
「屋内プールサイドでやる訓練って……」
「まさか……」
「はい。人工呼吸の訓練で~す」
教師のこの宣言に一瞬の静寂が辺りを包むものの、事態を飲み込めいままでにないほど歓喜を上げる男子。それに比例して男子テンションの上がり具合に落胆する女性陣のテンションの急降下は、まさに、カンカン照りの太陽のようなテンションと、引き波のようなテンションが同時に訪れたようだった。
「そ、それで、先生。される側は?誰が?」
「あなたよ。葵ちゃん。」
「えぇっ。あたし?」
「そう。」
「私に決定権は?」
「無い」
「えぇぇっ!」
「それじゃぁ、相手はね……」
される側の葵に決定権は無いのはもちろんのこと、男子はたとえガーゼ越しとはいえ、葵とのキスの可能性が高まることで、否応無しに場の空気は静寂に包まれる。そして、なぜか葵の隣りにいる絵音の顔も、固唾をのんでいるような表情をしているのは、気の所為だと思いたい葵だった。
相手が誰になるのか注目される中、教師は溜めるだけためてひとつの方法を提案することになる。
「50mの水泳競争で決めま~す。」
その瞬間、男子の中では落胆するものやガッツポーズをするもの、そしてとなりでは、複雑な顔をする絵音の顔があった。そして、絵音は葵の予想通りの質問を教師に投げかけた。
「先生。それに、私も立候補していいの?」
「何いってんの!絵音。」
「良いわよ」
「いいの?!」
「でもね、立候補が絵音ちゃんだけだから、ラストね。」
「ラスボスですか?」
「まぁ、間違いではないわね」
「よしっ!」
「えぇっ……」
男子のテンションの高さ以上に、絵音のやる気のテンションに呆れ具合になった葵であった。
そんなこんなで、男子はあっという間に勝敗が付き、お約束のメンツが残ることになった。水泳競争ということもあり、スイムが得意な男子。もとい、身体と精神の親和性が高い生徒が残ることになる。その成績に、一応に男子は落胆するものが多く溢れていた。
「……そんなに、ガッカリする?ふつう……」
ガッカリする生徒を見て半ば呆れている葵を他所に、その立ち姿がすでにラスボス感をかもし出している絵音に、若干。見の危険すら感じる葵であった。
「……何その、あなたの唇は、私が守るわ!的な表情は……」
最終の競争は、男子と女子の最終決戦となったが、男子は当然ここまでの対戦を乗り越え、相当のスペックの持ち主。それに、女性である絵音には、不利なものが2つもついていた。そう、あの2つの浮袋である。
「なんだろう……商品にされてる感と同様に腹が立つことがあるんだけど……」
「なに、あの胸。当てつけかな?あれ。」
水泳の飛び込み台に立つと、いつにも増して胸が強調され、そこまででもない葵にとって、当てつけのように感じてしかたがなかった。そんなこんなで、最終試合となる男子と女子からの唯一の立候補の絵音の競争が始まることになる。
「はぁ。またあの二人かぁ~」
「葵ちゃん。どうして?」
「長年、付き合ってる私ですよ。絵音のスペックは知ってますから、それに…」
そう、男子で残った生徒と絵音は因縁の仲で、当然。葵も見知った仲である。それも、寮の部屋が葵の部屋を挟んで両隣という腐れ縁である。
「あぁ。琥珀ちゃんね」
「先生。その呼び方すると、ややこしくなりますよ。男子なんだから……」
「でも、琥珀ちゃんは琥珀ちゃんよ」
「それは、そうですが……」
琥珀。トラの字が入っているように、行動力豊かでなんでもこなしてしまう万能生徒ではあるものの、絵音とはどうしても敵対心を抱くのかいつも噛み付いている。初めてであったのは、まさに葵が入寮した時にさかのぼる。
……数ヶ月前……
「ここから私の部屋かぁ」
「そうだ、両隣に挨拶しておかないと……」
両親に持たされたお土産を持参し、両隣に挨拶に向かう葵。右隣の部屋は絵音という生徒で、反対側が琥珀という生徒だった。そして、絵音には丁重に入寮の挨拶を行ったあと、琥珀という生徒の個室に挨拶に行くことにした。
「さっきの、絵音っていう生徒。変な表情してたなぁ~。妙に頬を染めちゃって……メイク中だったのかな?」
「ううん。気の所為ね。多分……。しっかり挨拶しないと……」
ピンポーン!
初対面での第一印象が重要と両親が言っていたこともあり、初対面でヘマをしないように心構えを決めていると、扉がそっと開き琥珀というなの生徒が葵を出迎えてくれた。
「あ、あの。はじめまして。隣の部屋に……」
「あぁ。葵さん?」
「は、はい。そうで……」
「なにか?」
「………」
かわいぃぃぃぃぃぃ!
そこには、おおよそ同年代と思うには数年足りないであろう人物が出迎えていた。琥珀の名のとおりにちょっとした吊目で、笑顔をした時の八重歯が特徴的な、まさに琥珀の名にふさわしい容姿の少女がそこに立っていた。
そのあまりにも保護欲をそそる容姿に、次の瞬間。お見上げを足元に落とすと葵は、そのままの勢いで琥珀を抱きしめてしまっていた。きれいな金髪で吊目で八重歯のその少女は、いきなりのハグに戸惑いつつもいつものことなのか、抵抗する素振りがなかった。
ふと、我に返った葵は慌てて琥珀を放し、平謝りをすることになった。
「……ヤバイヤバイヤバイ!初対面でハグとか、なにしてるんだ?私……」
嫌われたことを覚悟していた葵に、意外とも言える琥珀からの返答が帰ってきた。
「い、いえ。良いですよ。いつものことですし。それに……」
「それに?」
「二つ隣の人で慣れてますから……」
「二つとなり?あぁ。絵音さん?」
「うん。あの人も。抱きついてきますし……」
「な、なるほど……」
この当時、まだ琥珀と絵音の間に何かしらがあることには気がついていたが、その内容については、すぐに知ることになる。それから数日後。寮内にある食堂にて何かしら、言い争う声が聞こえる。何事かと、向かってみるとそこには、言い争っている絵音と琥珀の姿があった。
「だから、ボクは男なんだからさ、そんなにベタベタしないでよ!」
「どうして~。そんなにかわいいのに~」
「かわいいっていうなぁ!気にしてるのに!」
「えぇ~どうして」
「ちっとも、男っぽくなくて苦労してるんだから!」
「どうして?かわいくていいじゃん」
「だから、かわいい。っていうなぁ!」
完全な押し問答状態に陥っている状況を見た葵は、琥珀と絵音が言い争っているのはすぐに気がついたが、なにげに不思議な感覚に陥っていることに気がついた。
「……琥珀さんが絵音さんに噛み付いてる……」
「……あれ?この光景……」
琥珀と言う名がそういう感覚にさせるのか、それとも見た目の包容力のある絵音がしつこいのかはわかってはいたが、どうもこの光景は、飼い主に噛み付くトラにしか見えなかった。
人というものは、一度そういうふうに見えてしまうと、頭から離れなくなるものだが、当然。葵もその状況に陥ってしまい、クスクスと笑いをこらえつつも二人の仲裁にはいることにする。
「そ、その。どうしてそんなにモメてるんです?」
「あっ!葵さん。聞いてくださいよ。絵音さんが……」
事の顛末を琥珀が話すと、大体の原因が見えてきた。やはり、絵音がからかうのが好きなことにあった。そして、当の琥珀は男性であるものの容姿が女性の時とあまり変わらないことをネックに思っていて、それを意に返さない絵音が逆なでする事が原因だった。
「絵音さんも、琥珀さんが気にしてるのに、いじらないであげてくださいよ。気持ちはわかりますが……」
「そうだそうだ!」
葵の絵音への注意に対し、葵の背中に隠れ横から顔をひょっこりと出し、抗議をする琥珀に対し。葵は、正論を言い励ます形で琥珀に注意をすることにした。
「琥珀さんもね。絵音さんへちゃんと男らしく対応しないと、男っぽさはでないよ」
「男としての対応。どちらかというと紳士の方のね。対応をしないと魅力はつかないよ」
「葵さん」
「ここは、お互い痛み分けってことで……」
この場は、なんとかこれで収集をしたが事態はややこしい方向にシフトする。
「葵さんは私のです!」
「いいえ。私が目を付けてたの!」
「……あれ~……」
そう、あの仲裁に入ったことで、両方の好感度を一手に引き受ける事になった葵。その結果として、葵を二人が取り合う結果となってしまった。この状況は未だに続いていて、いつになってもお互いに引き分けとなっている。そして、この水泳競争のツートップという形で再来していた。
「絶対。負けない」
「それは、こっちのセリフ」
「……いっつもいがみ合ってるよなぁ~あの二人……」
「……てか、そんなにムキにならなくても……」
そして、教師の合図と共にレース。もとい、競争がスタートする。一進一退の攻防が続き、あっという間に25メートルの折返し。タッチ差で琥珀が早くターンするが、すぐに絵音がその後を追いかける。
「ほんと、泳ぎ姿。まるで人魚よね~。絵音さん」
「そうよね。あの豊満な胸をものともしないあの泳ぎは、驚異的よね」
いつしか生徒たちも観客と化し始めているなかで、絵音の泳ぎに感嘆するものもいれば、称賛するものなどいろいろな意見が飛び交っていた。それに反し……
「相変わらず早いなぁ~」
「あの速さは驚異的だよ。水のほうが避けているような感じだからな」
男子の方は、琥珀に称賛を送るものが多くなってきている。ふくよかな絵音とは異なり、男性ということもあり水流抵抗がまったくないため、手足の推進力を身体の凹凸で損耗すること無く、ダイレクトに推進力に転嫁するその泳ぎは、トビウオと称されるほどだった。
いつしか、あと10m・5mとあっという間にゴールが近づき、あっという間にその結果が付く事になった。微妙なタッチ差で勝敗が下ることになった。
「今回の勝負は……」
「絵音ちゃんの勝利で~す」
まさに人魚のような泳ぎで、勝利を勝ち取った絵音はまだ余力があるのか、スイーッと、プールサイドに上がると真っ直ぐに葵の元に来ると、そのままの勢いで……
ちゅっ。
「んっ!!!!!!!!!」
えぇぇぇぇぇぇぇっ!
それまで一同に盛り上がっていた観客が、一斉に歓声をあげたのは、後にも先にも、これ一度のみであった。そして、数日後には、このときの学園二代美女のキスシーンを写真化したものが、数万円で売れたとかうれないとか、噂になっていた。
「ちょっと、絵音!」
「ごちそうさまです♡」
「いやいや、ごちそうさまじゃなくて、いつからキスを賭けた競争になってたの?」
「えっ?う~ん、ノリ?」
「ノリかい!」
そして、その後。人工呼吸の訓練は粛々と行われ、今度はダイレクトではなく、しっかりとガーゼ越しに人工呼吸の方法がレクチャーされ……
「あぁ。これを決めるための競争だったのか。」
「そうよ。」
と、当の本人も衝撃的なキスの影響から、本来の目的を忘れるほど盛り上がった水泳競争であった。
そんなこんなで、一番盛り上がった水泳競争と人工呼吸の講習を終えた葵と絵音、琥珀はその後の授業を終え、学園都市の同じ地域内にある寮の食堂へと3人で向かうと、すでに先客が葵たちを待ち受けていた。
「今日は、盛り上がったんだって?」
「あっ、純。こんばんわ~」
「純先輩。こんばんわ」
純。同じ寮で一個上の先輩になる生徒で、同じ転生者でもある。堅気という感じで、漢を体現するような容姿で、琥珀が憧れる先輩でもある。そして、純も琥珀を漢とはこうあるべきのような言葉を琥珀に与えた人でもある。
「えぇ。まぁ」
「そういえば、こんな画像が流れてたぞ、なにがあったんだ?」
そう言って純が見せた画像は、プールサイドで絵音が勢いのまま葵とキスをしている瞬間の画像だった。
「!!!」
「あらまぁ、きれいに取れてるわね」
「なにしてんだ?お前ら」
互いの性に対し、頓着していない純にとって単純に口をくっつけてるだけにしか見えていないことで、しょうもないことを繰り返しているようにしか思えていなかった。
「なにって、キスよKiss」
「キスって、接吻だろ?」
「なんか、漢字でいうと変な感じね」
純はその容姿を生かし、生徒会の執行部の役員をしていて、学園の治安を守る役割を果たしている。無論有段者であり、学園最強といっても過言ではないほどの強さを誇っている。
「さ、お前たち。明日もあるんだから、ゆっくり休みな」
「は~い」
先輩で執行部でもあることから、寮長も兼務している純は戸締まりも管理していて、門限ギリギリまで起きていて入り口の鍵を閉めたりなどを受け持っている。
そして、純には唯一誰にも言えない秘密があった。それは、転性者ならではというか、男性の純ではかなえられない秘密を持ち合わせていた。そして、門限間近になると、決まって純の前に現れるものがいた……
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